長嶋選手の四連続三娠

長嶋選手の四連続三娠

子どもの頃、長嶋選手が大好きでした。

ですから、数字は3番がすきです。

数字を選ぶことがあれば、必ず3番を選びました。

3番が先に取られているとちょっと悔しかったりします。

1957年生まれの私は1958年4月5日の長嶋選手のデビュー戦はもちろん覚えておりません。

リアルでは覚えていませんが、何回も映像の流れる金田投手との対戦を知っています。

あの有名な四連続三娠の映像は何回も見ています。

子どもの頃、東京の下町に住んでいた私は間違いなく巨人ファンです。

まわりの大人たちも皆、巨人ファンです。

他のチームは巨人の対戦相手になるだけに存在していると思っていました。

友達もみなもちろん、巨人ファンです。

あの時代の典型的な「巨人、大鵬、卵焼き」の子どもたちでした。

巨人の中でも長嶋選手が大好きな子どもばかりでした。

あの有名な四連続三娠の後、大活躍をしていきます

長嶋選手は最初の失敗を引きずらなかったからそのあと活躍があったのです。

失敗した時こそ成長のチャンスです。

失敗を引きずることでなく、いかに次につなげるかが大事です。

あの四連続三娠はいろいろなところでこのように教訓として使われました。

そして現役時代、スランプに陥った時。

「不成功に終わった時は、教訓を得るのも大である」という言葉を胸の中でつぶやいていたらしいです。

この言葉もとても為になる教訓的な言葉です。

あの大活躍をした国民的大スターのミスター長嶋。

子どもたちのあこがれでした。

長嶋選手の真似ばかりしていました。

守備はみな、サードを守りたがりました。

長嶋選手の子どもに対しての影響力は凄かったです。

学校の先生が言う事より、長嶋選手の活躍の方が子どもたちには大事でした。

だからこそ、長嶋選手の四連続三娠はこのように教訓的に聞くことができました。

ホンダCR-Z

ビリでも全力を出す

一位は尊いです。

でも、参加している人全員が一位を取ることはできません。

100人が一位を目指して、ある大会に参加します。

一位になれるのは一人だけで、あとの99人は一位になれません。

一位にしか意味がなければ、後の99人には意味がないことになってしまいます。

そんなことはありませんよね。

100人の大会に参加するのは何のためなんでしょう。

Aさんは20位でした。Bさんは30位でした。

どちらのからが素晴らしいでしょうか?

この情報だけでは分かりません。

情報を増やします。

Aさんは今回20位でした。前回は5位でした。タイムは前回の方がよかったです。

Bさんは今回30位でした。前回は50位でした。タイムは自己ベストでした。

この情報ですと、Bさんをほめたいですよね。

「一番はもちろん尊い。しかし一番より尊いビリだってある。」

生涯を初等教育にかけた東井義雄氏の言葉です。

氏は師範学校に入学後、マラソン部に所属しました。4年間ビリでした。

氏はこのように考えました。

「私はウサギにはなれない。でも、日本一のカメにはなれる。」

「ビリであることは恥ずかしいことではない。全力を出さないことの方が恥ずかしい。」

人間社会で生きていく間には、ビリになってしまうこともあります。

誰かがビリにならなくてはいけないのですから。

このビリの時に自分の全力を出す事は難しいです。

ビリであることから、頑張りが効かず、全力が出しきれないのです。

ビリでもいいのです。全力を出せばいいのです。

いつでも、全力を出せるようになっていればいいのです。

先述の問題の答えを考えてみました。

「100人の大会に参加するのは何のためなんでしょう。」

それはどんな順位でも全力を出せるようにする為です。

たとえ、ビリでも全力を出していきたいです。

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