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山の寿 蔵の歴史

創業文政元年(1818年江戸時代末期です)
日本三代酒所(兵庫・広島・福岡)は、江戸幕府が石高制を安定させるため、米価引き上げ策の一貫として、1806年に「酒造勝手造り令」を出したことからはじまります。

それまでは、神酒として、宮中、神社、仏閣で造られ、京都伏見、池田と限られた所で造られたようです。それが、酒造りに必要な「水」「米」が豊富な地域、そして大消費地江戸の需要を満たすために、灘の企業家型酒造家と、小作米を原料として小作人を雇用して、その周辺に販路を求めた地主型の地主造家がこれを期に、生まれ発展していくことになります。

そして、それから13年後(1818年)山口家は、それまでの地主から、酒造家への道を歩むことになります。

平成3年の台風19号により、造り蔵を全壊し、2年間の休造をよぎなくされ、平成6年、新蔵をつくり、酒造りを再開するにいたりました。
台風19号は筑後地方に多大の傷跡を残しました。当社も造り蔵から、蔵の中にありましたホーロータンク90基余り、連続蒸米機、自動圧搾り機などほとんどのものをなくし、一次は酒造りをやめようとの話もでてきたほどでした。しかし、多くの人の励ましにより酒造りを続けていくことができており、現在にいたっております。
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